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苔の研究レポート

001 スギゴケが枯れました。

「庭のコケが枯れてしまったんです。どうすれば、スギゴケを育てることができるのでしょうか」
 こんな電話を頂いたのは、2006年の6月でした。コケに興味を抱き、あれこれとコケをいじり始めて2年目の頃です。
 その頃、ハイゴケを使って、苔玉を盛んに作っていました。結構上手に作り、育てることができました。当時は苔玉が人気で、結構売れてもいました。苔神は「コケを育てるなんて、そんなに難しくない」と思っていました。
「何とか相談に乗ってくれませんか」と請われて、その気になり、富山市まで行くことになりました。
 コケについての基礎知識は知っていました。もちろん、コケは播きゴケ法で増やすことができることも、移植法によって育てることができることも知っていました。後は、湿度や温度、日照に注意すればコケは自然に育つもの。多少の乾燥にあっても丈夫な植物。まあ、現場を見れば何かアドバイスできることがあるだろうと軽く考えていたのでした。

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 富山市内のUさん宅を訪ねて、話を聞きました。4年以上も前から、庭屋さんが毎年、スギゴケの苗を移植しては枯らし、移植しては枯らしを続けているのです。とうとう、庭屋さんがお手上げになったらしく「ここはコケが合わない場所」と言われ、それでもあきらめきれず、Uさんは自分でコケを育てる気になったのです。
 現場は南向きの庭。ブロック塀に囲われていて、環境的には悪くなさそうに見えます。スギゴケはあわれなほど衰えて、ほとんど枯れ果てています。スギゴケの苗は「株分け法」で移植したようです。基盤の土壌はいわゆる山砂です。水は最低でも一日一回はシャワーでやっているとのこと。
「水道水が悪いのでしょうか?」「土が合わないのでしょうか?」「日当たりがよすぎるのでしょうか?」「水はけが良すぎる、それとも悪い?」「屋根のひさしの金属がコケに悪いと聞きましたがそのせいでしょうか?」「コケの苗が悪かった?」「庭屋さんの植え方が悪い?」「屋根から落ちる雪のせい?」
 次から次へと出るUさんの質問に、苔神は「???」返答に窮してしまいました。
結局、ほとんど役に立つアドバイスもできず、コケの苗と播きゴケ用のコケを後で送る約束をしてすごすごと新潟へ帰って来ました。帰途の車の中、苔神はスギゴケについて何も知らないことにしみじみ落ち込んでいました。
苔神が本気でスギゴケの研究に取り組み始めたのはその時からでした。 by 苔神

002 スギゴケが枯れました。

「庭のコケが枯れてしまったんです。どうすれば、スギゴケを育てることができるのでしょうか」
 こんな電話があちこちから来るようになりました。
「スギゴケの研究にチャレンジ!」とばかり、苔神は、どこへでも出かけて行き、現場を見せてもらいました。

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問題が発生するのは、全部スギゴケなんです。とはいえ、ハイゴケやスナゴケで庭を造る人は稀で、苔庭といえばスギゴケと相場が決まっていますから、仕方がないのかもしれません。庭屋さんがコケを庭に植えるといえば、スギゴケなんです。ちょっと器用な人は自分の庭にハイゴケやスナゴケを付けて、綺麗にしています。スナゴケ、ハイゴケは案外易しいのです。問題はスギゴケなんです。
まず、何故スギゴケは枯れるのか?何故スギゴケは倒れたようになって枯れているのか?
苔神は考えました。スギゴケは枯れてから倒れるのか、倒れてから枯れるのか?枯れていないスギゴケは倒れないのか?倒れないスギゴケは枯れないのか?
スギゴケは一年間で3~5センチ成長します。単純に考えても、5年もすれば15~25センチにもなります。そもそも、スギゴケは何年成長し続け、どれくらいの茎高になるのでしょう?ああ~、知らないことが多すぎる!
2006年6月から今日まで、寝ても覚めてもスギゴケが頭から離れません。でも、今でも「苔が枯れてしまったんです」という相談が寄せられるのです。何としてもスギゴケの研究を進めなければと、先ずは初心に帰って自然の観察から始めることにしました。 by 苔神

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003 スギゴケです!

スギゴケです!
スギゴケを調査しました。4種について報告します。

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オオスギゴケ (Polytrichum formosum )2008年10月17日 聖籠町清潟地内採取
ウマスギゴケ (Polytrichum commune )2007年6月30日 加茂市冬鳥越地内採取
コスギゴケ (Pogonatum inflexum )2007年6月19日 新潟市江南区矢代田地内採取
タチゴケ (Attrichum undulatum )2009年3月31日 聖籠町清潟地内採取
 庭園などで使われるスギゴケの代表的な種類です。
コスギゴケとタチゴケは葉の表面のつやで判別しますが、ルーペを使えば、タチゴケの葉の表面に横向きのしわのようなものが観察できます。
オオスギゴケとウマスギゴケは、大まかな見た目で判別しますが、若い株だけを見せられると、苔神にも判別が難しいことがあります。顕微鏡で葉のひだを観察して、頂端細胞が丸いものがオオスギゴケ、へこんでいるのがウマスギゴケと判別するのですが、はっきりと判別できることは稀です。
 大きさ(茎高)について、図鑑などでは、オオスギゴケは5~15センチ、ウマスギゴケは10~20センチと説明されていますが、茎高とは全長のことを意味するのでしょうか。それとも、一年で成長する長さのことを意味するのでしょうか。写真を見てください。新潟の雪深い地域では、スギゴケは折れ曲がったように成長します。雪の重みで倒れ、春になると、そこから立ち上がって成長し、また雪の重みで倒れ、こうして折れ曲がって伸びてゆくのです。ですから、折れ曲がりの回数が、スギゴケの年齢をあらわしています。その一年で成長する長さは、オオスギゴケよりウマスギゴケの方が少し長いようです。
また、苔神は、全長が30センチ以上あるウマスギゴケを見たことがあります。大きさ(茎高)だけで種類を見極めるのは難しいですね。
  By 苔神

004 ウマスギゴケです!

ウマスギゴケです!

ウマスギゴケを観察しました。あれこれ報告します。

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典型的なウマスギゴケ (Polytrichum commune )です。
2007年6月13日 新発田市上板山地内で採取しました。立派なコロニーです。もっとも長い株で全長28センチあります。よく見ると、新株(今年伸び出した株)と旧株(2~4年目の株)と枯死株が混じっています。
ウマスギゴケに限らず、ほとんどのコケが何故か寄り集まって密集し、コロニーを形成します。旺盛なスギゴケのコロニーを調査して気がつくのは、必ずといってよいほど、新株、旧株、枯死株が混在していることです。つまり、スギゴケのコロニーの中で新しく発芽して伸び出した新株と、それ以前から成長している旧株と、何らかの原因で死んだ株が、年々、順番に、入れ替わるように世代交代をしているのです。
図鑑によると、オオスギゴケ、ウマスギゴケは枝分かれしないと解説されています。つまり、一個の芽が成長して一本の茎葉体になり、死ぬまで成長し続けるというのです。もし、最初に発生したスギゴケの株がそのまま成長するだけで、新しい株が生まれてこなかったら、どうなるでしょう。古い株が少しずつ死んでゆくでしょうから、コロニーは間違いなく衰退してゆくことになります。
ウマスギゴケが何年生きるか分かりませんが、一年で10センチ伸びたとして、3年で30センチとなる計算です。コロニーは狭い空間にたくさんの株がお互いに支え合うように林立しています。コロニーの株数が少なくて隙間ができるような状態だったら、簡単に倒れてしまうことになります。
つまり、スギゴケのコロニーは自ら衰退しないように、倒れないように、毎年、新しい株が発生して来るシステム構造になっているのです。株が密集してコロニーを形成することによって、コロニー内部を乾燥から守り、新しい株の発芽を促進し、さらに株数を増やしてコロニーを充実させてゆくのです。驚嘆すべき生態ではありませんか。
スギゴケのコロニーが倒れてしまう現象をよく見ます。特に庭園に植えてあるスギゴケに多く見られます。庭屋さんがもっとも恐れる現象です。スギゴケが倒れる要因の一つに、新株の発生が少ないということが言えます。何故、新株の発生が少ないのか、その理由は分かりませんが、新株の発生が少ないためにコロニーが衰退し始めて、スギゴケが倒れてしまうのではないかと考えます。
もう一つ、コロニーを観察して気がついたことがあります。新株と旧株の写真を見てください。左側の細い株が新株です。異様に長い茎の先に葉が広がっています。茎の全長は23センチもあります。これは、新しい芽が土壌から発生し、株が密集して暗いコロニーの中を、上部へ上部へと伸びて行き、ようやく光が得られる地点へ伸びだして、葉を広げることができた、ということなのです。これは様々な示唆に富んでいます。つまり、光が届かない場所でもスギゴケは発芽するということを意味します。また、発芽した株は、光が届かない場所では茎が伸びるだけで、葉は分化、成長しない、ということを意味します。
自然を観察するだけで、さまざまなことが見えてきます。
  By 苔神

005 倒れています!

倒れています!

仙台松島の瑞巌寺でウマスギゴケを観察しました。倒れていました。

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典型的なウマスギゴケ (Polytrichum commune )です。
2010年5月29日 瑞巌寺の境内です。立派なコロニーですが、一部、倒伏現象が見られました。ウマスギゴケの群落の丘に見えるのが、かの有名な臥龍梅です。
スギゴケのコロニーが倒れてしまうのは、コロニーの衰弱が進行しているのが要因だと考えます。コロニーの衰弱とは、新しい株の発生が減少し、コロニーの株密度が減少し、旧株の茎高が高くなる、という連関した要因によって倒伏現象へ至るのですが、上の写真の渦巻き型倒伏をよく見ると、コロニーの株密度は相当高いように思われます。
数えたわけではありませんが、一目、100平方センチ当たり500本以上はあると思います。(瑞巌寺の庭ですから、さすがに採取調査は遠慮しました。)茎高は全長20センチほどです。新株もかなりの割合でみられます。また、新潟でよく見られるような折れ曲がりがあまりありません。ほとんど真直ぐに伸びています。雪が積もらないからでしょうか。
それなのに何故、倒れてしまったのでしょうか。
新潟でも、稀に見ることができる現象です。

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2007年6月14日、江南区の個人の庭園で観察しました。渦巻き型倒伏が見られます。茎高は15センチほどです。
左の写真は普通に倒れていて渦を巻いていません。茎高は10センチほどです。
コロニーはどちらかといえば渦巻き型のほうが株密度が高いと思います。(ほとんど枯れているので株密度を調査することができませんでした。)
茎高が高いということがコロニーの古さを意味するかどうかは断定できませんが、スギゴケは一本の茎葉体がそのまま伸び続け、年が経つほど長くなります。しかも、スギゴケの茎葉体は一年間で伸びた部分だけが緑葉を保ち、一年を過ぎた茎葉体は次第に枯れて行き、やがて茎は細い棒のようになってしまいます。ですから、古いスギゴケは根元部分が弱くなり、倒れやすくなります。でも、株数の多い旺盛なコロニーは、それぞれの株が個別に倒れずに、全体で寄りかかるようにして倒れるのではないでしょうか。それが渦を巻く現象となっていると、苔神は考えています。
 by 苔神

006 自生スギゴケのコロニー調査

自生しているスギゴケのコロニー(群落)がどのような構造をしているのか、調査、観察をしました。

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<調査期間>
2007年6月13日~2007年6月30日
<調査地点>
1、 新潟市山田地内の河川敷
2、 新潟市亀田地内の公園
3、 新発田市上板山地内の開発地
4、 新発田上板山地内の林道
<調査の概要>
1、 内径8センチの筒を使用して、コロニーを抜き取り、採取したスギゴケの株数を調べました。
2、 採取した株を緑葉株と枯死株に分けて記録しました。
3、 計量した数を100平方cm当たりの定量数に換算しました。
<結果の記述>
1、 新潟市山田地内:河川敷の全日照地の植栽された芝と雑草の中で自生し、薄いコロニーを形成しています。
個体長=3~6センチ、緑葉株=150株、枯死株=100株
2、 新潟市亀田地内:植栽木がまばらに生えている公園内の平地で、雑草の中で自生し、薄いコロニーを形成しています。
 個体長=3~6センチ、緑葉株=150株、枯死株=120株
3、 新発田市上板山地内の開発地:山中にある開けた全日照地で、伸びた雑草の中で自生し、一面に広がるコロニーの規模は大きく、非常に発達しています。
 個体長=5~14センチ、緑葉株=310株、枯死株=160株
4、 新発田市上板山地内の林道:山中の斜面の林道で、半日照地の雑草の中で自生し、コロニーの規模は小さいが、非常に発達しています。
 個体長=5~10センチ、緑葉株=360株、枯死株=65株
<結果から得られる推論>
1、 採取したスギゴケの中に枯死株が含まれることから、コロニーの内部で世代交代が進行していると推論できます。
2、 茎高(成長年齢)が高くても倒れにくいのは、コロニーの株密度が高いことに由来すると推論できます。
3、 コロニーの株密度はスギゴケの生息環境を整える機能を高めていると推論できます。

「推論できます。」なんて、学者みたいな口調になってしまいました。苔神は決して学者ではありません。調査の仕方は結構いい加減だと思いますし、ある程度、結果が想像できればすぐに調査や実験をやめてしまいます。要は、どうすれば苔を育てられるのか、その方法を知りたいだけの物好きな人なんです。
 こんな感じで、これからも研究します。
 by 苔神

007 スギゴケの枝分かれ現象

 2006年10月20日、新発田市紫雲寺地内でスギゴケの調査をしている時、採取したスギゴケの中から、枝分かれした株を偶然に見つけました。スギゴケは枝分かれしない、というのが定説です。まあ、自然の世界のことですから、突然変異のようなものが稀にはあるのかもしれません。とりあえず写真に撮りました。

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 その後、枝分かれのスギゴケを見ることはなかったのですが、2010年9月2日、胎内市大峰山地内で偶然に枝分かれした株を見つけました。そこで苔神は改めて、9月2日から10月18日の間、4地点での調査をしました。

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 9月 2日 胎内市大峰山地内 360個体中 枝分かれ株 13個体 オオスギゴケ
10月 1日 秋葉区小須戸地内 780個体中 枝分かれ株 43個体 オオスギゴケ
10月 8日 江南区亀田地内  350個体中 枝分かれ株 10個体 ウマスギゴケ
10月18日 新発田市荒町   230個体中 枝分かれ株 90個体 ウマスギゴケ
(10×10センチ角の広さで採取)

 江南区亀田で採取した株の中に、先端が3本に分岐した珍しい株を発見しました。
またその後、11月3日、新発田市上板山地内で採取した株の中から、枯れた個体の茎葉体から新株が発生しているものを発見しました。これは播きゴケ法の原理と同じ現象のように見えます。スギゴケの茎葉体を地面に播くと、茎葉体が枯れて新株が発生するのとそっくりです。
 とすると、スギゴケの枝分かれ現象は栄養体繁殖の一種かもしれません。あるいは、スギゴケの無性芽によるものなのでしょうか。いずれにしろ、これほど枝分かれが多数発見されたのです。たまたま、とか、突然変異とかでは片付けることができない現象です。 by 苔神
 追記:新発田市荒町のスギゴケの繁殖地は、道路建設予定地として十数年放置されていたのですが、2011年、とうとう道路建設が始まり、ブルドーザーの下敷きになって消滅してしまいました。長い間、苔神の調査地点だったのですが、残念です。
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008 スギゴケの発芽メカニズム

 コケを増やすにはコケを播けばいい、ということは知られています。播きゴケ法と呼ばれています。
 ウエブ上では、いろんな人がコケの茎葉体を土に播いて育てる播きゴケ法を紹介していますし、またその方法でコケを播いて増やしている人もいます。でも、うまくコケを増やすことができた人は少ないようです。苔神も、そういった方法を何度か試みましたが、あまりうまくいきませんでした。

播いたコケがどんなふうに芽を出し、どんなふうに成長してゆくのか、あまり知られていません。苔神も知りませんでした。そこで、苔神は播きゴケ法の原理を研究してみることにしました。
 先ずは、播いたコケの茎葉体からどのようにして新しい芽が出てくるのか、また、新しい芽は茎葉体のどこから出てくるのか、実験をしました。

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<実験期間>
2007年1月9日~2007年5月28日
<実験の概要>
1、 採取したスギゴケの茎葉体(仮根部は切除)を被験材料としました。
2、 被験体のスギゴケは2006年10月、新潟県三条市下田地内で採取し、約2ヶ月間、乾燥保存したものを使用しました。
3、 材料は水洗いしました。(仮根部や原糸体、胞子等の残滓を除去する目的)
4、 茎葉体、葉、茎の3種類を被験材料としました。
5、 茎葉体をそのまま、5ミリ程度に刻んだもの、さらにすり潰したもの、3種類を実験しました。
6、 おのおのの実験には同程度の親株を10本ずつ配分しました。
7、 ガラス容器内の寒天培養基に材料を配置し蓋をしました。
8、 直射光のあたらない明るい場所で自然培養しました。(温度、照度は制御しない)
9、 時折、乾燥の具合を確認しながら、霧吹きで灌水しました。
<結果の記述>
1、 茎葉体、茎のみの被験体は、播種後から先端部が成長を続けました。
2、 初発芽の確認は5ミリ程度に刻んだ被験体で、播種後63日目でした。
3、 葉のみの被験体の初発芽の確認は、播種後70日目でした。
4、 すり潰した被験体の初発芽の確認は、播種後85日目でした。
5、 茎葉体の被験体の初発芽の確認は、播種後124日目でした。
6、 茎のみの被験体の初発芽の確認は、播種後70日目でした。(発芽からかなり経過後の確認)
7、 全ての被験体から、新しい分岐芽(新しい株)が発生しました。
8、 各々の被験体から発生する分岐芽の数に一定の傾向があり、粉体が最も多く、葉体、刻体、茎体、茎葉体の順に減少します。
<結果から得られる推論>
1、播きゴケによる増殖は、栄養体からの分岐発芽のメカニズムによるものと推論できます。
2、栄養体の分割の程度によって発芽数が定量的に決定されるものと推論できます。

「苔の種」の開発の基本的な原理がここから生まれました。
  By 苔神

009 発芽メカニズム 明暗

 播きゴケ法でスギゴケを栽培するとき、「苔の種」が灌水で流されるのを防ぐ、風で動くのを防ぐ、また乾燥を防ぐという理由で、目土をしたり、キッチンペーパーを被せる、という方法を工夫しているようです。苔神では培土と苔の種を混ぜ合わせることを推奨しています。でも、苔の種が培土の中から発芽するということは、光りがなくてもスギゴケの種が発芽することを意味しますが、根拠はあるのでしょうか?
 実験してみました。
 
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<実験期間>
2011年1月22日~2月23日
  
<実験の概要>
1、採取したスギゴケの茎葉体(仮根部は切除)を被験材料としました。
2、被験材料のスギゴケは2011年1月7日、新潟市亀田地内で採取し、15日間、乾燥保存したものを使用しました。
3、材料は水洗いしました。(仮根部や原糸体、胞子等の残滓を除去する目的)
4、茎葉体をそのまま、5ミリ程度に刻んだものを被験材料としました。
5、ガラス容器内の寒天培養基に被験体を配置し蓋をしました。
6、直射光のあたらない明るい環境、ダンボール箱内の暗い環境、暖房のある暖かい場所、廊下の寒い場所でそれぞれ栽培しました。
 
<結果の記述>
1、2月23日、明るくて暖かい場所の験体、暗くて暖かい場所の験体で発芽を確認。
2、明るい場所では緑色の葉が見られるが、暗い場所では白い茎が伸びているのみ。
 
<結果から得られる推論>
1、スギゴケの播きゴケでは、光りがなくても発芽する。
2、スギゴケは光りがない環境下では、発芽しても葉緑素の発達や葉の分化はしない。
 
 どうという事もない実験でしたが、苔の種と培土を混ぜて播種する方法の根拠にはなりました。また、暗い場所で発芽した新株はもやしのようでした。暗いコロニー内ではそのままひょろ長く伸び続け、コロニーの上層に達する頃に、ようやく葉緑素や葉が分化し発達するのです。
 苔神の観察では、親株の茎高が長いコロニーでは、新株の茎高も長いのです。不思議な現象です。
  By 苔神

010 スギゴケの仮根

 スギゴケが枯れる現象の相談の大半が人工的に移植されたスギゴケで、ハイゴケやスナゴケの相談はありません。庭園に移植される苔はほとんどがスギゴケといっても過言ではないのですが、それでいて、スギゴケの栽培や移植についての解説書はありません。
 枯れたスギゴケの庭園を見せて頂いているうちに気がついたのですが、枯れたスギゴケのコロニーには、新株が見つからないことが多いのです。
 
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 スギゴケの新株の発生は地中の仮根の発達に依存しています。他のコケは枝分かれをすることでも増殖しますが、スギゴケは枝分かれしない(という定説)ので、原糸体からの発芽と仮根からの発芽が株(シュート)数を増やします(倒れたり枯れたりした株から分岐する栄養体繁殖もあります)。スギゴケの仮根については、日本蘚苔類学会会報「蘚苔類研究」2009年8月(第9巻第12号)に、秋山弘之氏が短報を乗せていますので、関心のある方は参照してください。
 
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 スギゴケを束にして引っこ抜くと、土の塊が付いてきます。この中にクモの巣のような糸状の塊があります。土を水で洗い落としてみると、写真のような仮根束が観察できます。この仮根から発芽して新しい株が成長します。
 スギゴケの仮根は地中に広がって網の目のように広がります。(仮根束といいます)この仮根をしっかりと育てることで、毎年新株が発生し、コロニーが充実してゆきます。
 仮根の発達が弱いと、新株の発生が少なくなり、コロニーが弱体化して、やがて倒伏したり、枯れたりする、こんなメカニズムがスギゴケにあると考えます。
 スギゴケが枯れる、衰退する現象と、仮根の発達は密接に関係しています。
 By 苔神

011 砂で栽培したスギゴケ

 スギゴケを栽培する時、どんな土を使ったらよいのかと質問を受けます。苔神は、標準的に赤玉土とバークを混ぜて使用することを勧めています。スギゴケの場合は仮根層を育成するために、保湿性のよい柔らかい培土を深さ4センチ以上となるように容器内に投入します。

 しかし、基本的にはコケの栽培には土を選びません。砂だけでもスギゴケを育てることはできるのです。
 2008年5月23日に、スギゴケの種とハイゴケの種を混合した苔の種を播きました。使用した培土は砂丘地の砂です。粒子の細かい砂です。排水性がよく、水をやってもすぐに乾燥しますから、なるべく乾燥しない日陰に置き、灌水の頻度を多くして育てました。
 
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 3年間、育てましたが、最初の頃はハイゴケばかりが旺盛でスギゴケはちょぼちょぼでしたが、2年目くらいからスギゴケが目立つようになり、現在はスギゴケが旺盛です。砂で栽培していますが、ハイゴケがスギゴケの成長に役立っていると考えています。
 スギゴケが育たない原因の大半が水分の供給不足にあると思います。スギゴケが育ちにくい環境下で栽培する時は、保湿性のよい培土を使う、乾燥防止のためにハイゴケやスナゴケを混合で栽培するなど、少し工夫が必要だと思います。
 By 苔神

012 コケフォレー in 長野

 日本蘚苔類学会主催の「コケフォレー2011 in 長野」に行ってきました。
 7月16日から3日間、岡山大学の西村教授の指導を受けながら、信州大学、西駒演習林(標高1490m)でコケの採集と観察を行い、顕微鏡を使った種の同定を行いました。現地案内は信大の大石準教授。苔神はもちろん、スギゴケ科を集中的に観察しました。
 
写真 左: 観察、採集の様子     右:オオスギゴケとコセイタカスギゴケ
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写真 左:コセイタカスギゴケの群落  右:ハミズゴケのコロニー
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 日本ではスギゴケ科は5属に分かれて29種類が判明していますが、今回の採集では4属8種類を同定しました。まだ全部の標本を調べたわけではありません。以下に記録します。
(スギゴケ属)
Polytrichum formosum Hedw.  オオスギゴケ
(ニワスギゴケ属)
Pogonatum japonicum Sull. & Lesq.  セイタカスギゴケ
Pogonatum contortum (Brid.) Lesq.  コセイタカスギゴケ
Pogonatum infrexum (Lindb.)Lac.  コスギゴケ
Pogonatum urnigeum (Hedw.) P. Beauv. ヤマコスギゴケ
Pogonatum spinulosum Mitt.  ハミズゴケ
(タチゴケ属)
Atrichum undulatum (Hedw.) P.Beauv.  ナミガタタチゴケ
(フウリンゴケ属)
Bartramiopsis lescurii (James) Kindb.   フウリンゴケ

 ちなみに、西駒演習林周辺ではスギゴケ科は12種類がリストアップされています。
 北海道から九州まで全国から集まったコケ愛好家と過ごした3日間は、とても勉強になり、そして何よりも楽しい3日間でした。
 By 苔神

013 スギゴケの移植について

 苔を庭園に植えたいが、どの時期がよいのか?という質問をよく受けます。
 スギゴケに限りませんが、苔は移植しても簡単には活着しないように思います。
 ヤマゴケのコロニーは植木鉢に簡単に移植できますが、スギゴケ、ハイゴケ、スナゴケ、シッポゴケなどは一度は枯れた状態になって、その後、少しずつ回復して自生状態になってゆきます。
 枯れた状態になるまでの時間は、半年だったり、1年だったりしますが、とにかく、移植した状態のまま、活着して自生化するのは稀です。苔はそれだけ環境の変化に敏感なのだと思います。その意味では、コケが最も著しく成長する春先が移植に適していると言えるのではないでしょうか。

 写真 左:分割しての移植試験     右:播種後半年のウマスギゴケの栽培苗
 
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 そこで試験をすることにしました。2011年3月30日にウマスギゴケの半年苗(茎高1センチ)を別のケースに移植し、その後の経過を観察しています。
 半年苗は移植するには少し早いのですが、まあ、試験ですからどうなるか興味しんしんです。ついでに、6分割して、移植先の培土を変えてみました。土の種類によって移植に影響があるかどうかも見るつもりです。
 4ヶ月経っていますが、案外、順調に育っています。茎高は3cmほどになっています。勿論、遮光ネットは掛けていますし、雨の降らない時期は2~3日に一回は灌水しています。
 こんなに面倒を見たら、試験にならない?かも。
 9月に入ったら、同じように秋の移植をして、比較します。
まあ、気長に2年くらいは様子を見るつもりです。
 By 苔神

014 白駒の池のコセイタカスギゴケ

 10月7日、北八ヶ岳の白駒の池に行ってきました。
 長野県茅野市から国道299号線を走り蓼科高原を抜けて、麦草峠を越えた先、標高2100mを超える高地にあります。
白駒の池入り口駐車場に車を止め、コメツガやシラビソの森に踏み込むと、そこは一面の苔に覆われた樹林でした。
 
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 白駒の池の周辺には「苔の森」と名付けられた苔の生息地帯があり、「北八ヶ岳苔の会」によって保護されています。(写真の旗をご覧ください)「北八ヶ岳苔の会」は青苔荘、白駒荘、高見石小屋、麦草ヒュッテ、南佐久北部森林組合が中心になって2010年に結成された自然保護団体です。年に数回、苔の観察会や苔の写真展などを実施しているようです。
 苔神は辺り一面の苔にくぎ付けになりました。コセイタカスギゴケの一面の群落やセイタカスギゴケ、フウリンゴケ、カモジゴケ(タカネカモジ?)など、数えきれないくらいの種類の苔が次から次へと目に飛び込んできて、感嘆、しきりでした。
もちろん、採集はできませんから、たくさん写真を撮りました。時間があっという間に過ぎて、青苔荘を往復しただけで帰って来ましたが、次に行くときはたっぷりと時間をかけて行きたい所です。

 By 苔神

016 乾燥期のスギゴケ

 8月5日、新潟市内の公園のオオスギゴケです。(写真下)
 7月18日から8月5日までの20日間で、雨が降ったのはたった一日でした。降雨量は4.5ミリ。
 乾燥期のスギゴケは葉を閉じてカラカラです。
 
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 9月12日、同じ場所のオオスギゴケです。(写真下)
 8月6日から9月3日までの29日間で、降雨日は6日でした。降雨量、最高で13.5ミリ。
 9月4日から12日までの9日間では、降雨日は5日、降雨量、最大で66ミリ。
 雨が降ると、途端にオオスギゴケはよみがえり、ご覧のように青々としています。
 
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 その2日後の9月14日、たった2日間、雨が降らなかっただけなのですが、また再び、オオスギゴケは葉を閉じてカラカラになりました。(写真下)
 
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 オオスギゴケに限らず、乾燥した季節のスギゴケは赤茶けて、見るからに枯れてしまったように見えますが、こんな状態のまま1か月以上雨が降らなくても、枯死したわけではありません。一雨来ればたちまち青々としたコロニーに変身します。
 スギゴケが乾燥したまま、どれくらいの期間生き続けることができるのか、まだ明らかにはなっていませんが、苔神は2年と8か月間乾燥状態で保存したスギゴケに水分をやって、再生したのを観察しました。まるでクリプトビオシス(無代謝状態、仮死状態)のようですが、はっきりしたことは分かりません。
 By 苔神

015 タチゴケとコスギゴケ

 5月15日、田上町地内で観察しました。タチゴケとコスギゴケです。
 どちらも、明るい斜面にコロニーを作っています。
 
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 見分ける時は、葉を観察します。葉がやや薄く、横じわが見えるのがタチゴケです。また、タチゴケ、コスギゴケともに、乾くと葉が激しく巻き込むように縮れるのが特徴です。
 どちらも土中に仮根層を発達させています。また、旧株の根元の仮根層から、新株が発生しているのが観察で分かります。
 コスギゴケの旧株を見ると、1年ごとの成長の痕跡が見られます。根元に近い部分はすでに枯れて土壌化が始まっています。しかし、新株は一気に旧株の茎高まで伸びています。スギゴケにみられる特徴的な生態です。

 By 苔神

017 苔の種の直播栽培

 2012年9月に、鎌倉市に在住の川原さんからメールで、こんな相談を受けました。
「今年の6月初旬に、庭師にお願いして表の小さな坪庭に杉苔を植えてもらいました。7月中は元気だったのですが、8月に入ってから、茶色く変色し、一部を残して緑色の先をみせている苔がほとんどなくなってしまいました。すこし、復活しているものもあるようですが。毎朝水やりを欠かさないようにはしているのですが、まだ一部生きているのであれば、その隙間に、スギ苔の種をまいてみようかと考えました。まったくの素人でわかりませんが、やってみる価値があればトライしてみようかと思います。」
 苔神では、庭への苔の種の直播きはあまり勧めていません。現在、多少のスギゴケが生えている場合に、補強として苔の種を追い播きするのが有効だと分かっていますが、全く、スギゴケがないような場所への直播きは、効果が薄い場合が多いのです。
 ですが、川原さんには、その旨を説明して、苔の種を播いてもらうことにしました。苔の種の播種は、2012年10月です。川原さんからは、3月に入った頃に、発芽が観察されたと、報告がありました。その様子を写真で送ってもらったのが下の画像です。4月23日頃の撮影です。
 
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 苔神では出荷した苔の種をサンプル栽培しています。川原さんへ送った種を9月25日に播いたのですが、苔神のサンプルでは、12月には発芽が観察されています。ただし、ポットでのさいばいですから、川原さんの庭への直播きとは、条件が違います。
 下の画像は、5月1日現在のサンプル栽培の様子です。
 
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 やはり、ポットでの栽培から比べたら、庭への直播きは難しいようです。でも、幸いなことに、川原さんの庭ではなんとか発芽が見られ、成長しそうです。
 このレポートへの掲載を快く承諾して、写真を送って頂いた川原さんに、お礼申し上げます。

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018 スギゴケの観察

 新潟市内の公園のウマスギゴケ(Polytrichum commune Hedw. ポリュトゥリクム コンムネ)です。時々、観察しています。毎年6月頃になると、雑草が伸びてくるため、管理者が草刈りをします。今年は6月上旬に草刈りが行われました。
 刈払機で雑草を刈ると、一緒にスギゴケの一部も刈られてしまいますが、そのためか、この公園では年々、スギゴケの生息範囲が広がっています。
 
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 上の写真、6月21日に観察しました。全体的に定期に草刈りをするせいだと思いますが、株の茎高は7~8センチ程度より高くはなりません。6年ほど前から観察しているのですがほとんど変わりません。そのせいで、倒伏枯死現象を見ることがありません。庭園でのスギゴケの倒伏枯死現象を防止するヒントが、ここにあるのかもしれません。
 ちなみに、茎高は7~8センチ、株密度は約500本/100平方センチ、2年~3年生株です。新株の数も多く、茎の下部には仮根がよく発達しているのが観察されます。
 これは仮説ですが、スギゴケの管理は、茎高の抑制のために定期的な刈り込みが有効ではないか、と考えます。そのことで、さらにスギゴケの増殖の効果もあると思われます。
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019 スギゴケの移植 その後

 2011年3月にスギゴケの苗の移植試験を開始しました。№013に記載されています。
 苔神の狭い試験圃場の一画に放置されて、早いもので、もう2年が経過します。この間、時々観察していましたが、とりたててめぼしい変化はありませんでした。6種類の培土を使って試験した中で、腐葉土(写真中の上)は1年ほどの間に枯れて、衰退し、ハイゴケと雑草が繁茂するようになりました。
 他の培土については、真砂土(写真左上)、赤土(写真左下)、ピートモス(写真中下)、畑土(写真右上)、黒土(写真右下)いずれも同じような状態です。
写真 2011年5月~2013年5月
 
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 2012年の夏は暑くて厳しい乾燥の季節でした。そのせいか、9月の時点で、全体的に株が枯れたり、弱ったりしました。山砂は排水性が良いせいでしょうか、水不足による枯れが目立ちます。
 2013年5月、移植から2年2ヶ月が経過しました。一部で枯れたり、倒伏したりしている株が見られます。多くの庭園で1年経過後から、このような現象が見られます。新株の発生も見られますので、全滅する恐れはありませんが、健全な成長とは言えません。
 本移植試験では、人工的な灌水は、ほとんど行っていません。
 さらにこの後も、継続してレポートします。
  By 苔神

020 スギゴケの移植 その後_2

 2011年3月にスギゴケの苗の移植試験を開始しました。№013、№019に続けてレポートしています。
 観察は2013年10月17日、試験開始から2年7ヶ月経過しています。一面、雑草に覆われていますが、雑草は栽培ケースの外側に生えていて、ケース内に雑草はほとんどありません。
 
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 移植したスギゴケの様子は、山砂で倒伏枯死の株が目立ちます。畑土でも少し倒伏した跡が見られます。
 赤土、ピートモス、黒土は、全体的に株が旺盛に成長しています。バークではスギゴケがほとんど消滅し、ハイゴケに覆われています。
 現在までの所、黒土がスギゴケの移植に適している結果となっています。しかし、スギゴケの場合は、移植から4年目くらいまでが、様々な問題が起きる期間と考えられますので、まだまだ結論をまとめるわけにはいかないと考えています。

 By 苔神

021 スギゴケと菌類(カビ)

 コケを育てている人から、菌類(カビ)が生えて、コケが駄目になったと、相談が寄せられます。添付された写真を見ると、枯れたコケの中に確かに菌類らしいものが見られます。
 自然界のコケを観察していると、よく菌類を見ます。しかし、菌類が生えているからといって、コケが枯れるということはないようです。コケが枯れる原因は他にあるのではないかと考えますが、正確なところは分かりません。
 菌類と言っても、様々な種類が見られます。下の画像は、苔神が栽培しているスギゴケのケース内に発生した菌類で、キノコのようなものや、花のように見えるもの、クモの巣のようなものもあります。 菌類が繁殖発生する場所も、培土、枯れた茎葉体、成長している茎葉体、昆虫の死骸など、様々です。
 
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 画像上:キノコのような菌類
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 写真上:花のような菌類
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 写真上:クモの巣のような菌類の中で発芽するスギゴケ

 菌類が発生しても、苔神はほとんど放置します。それでコケが枯れることはほとんどありません。稀に、枯れることもありますが、同じように菌類が繁殖している他のコケが枯れないのを観察していると、菌類が原因で枯れるのではなく、他に原因があるのではないかと考えます。また、菌類の繁殖を防ぐために、日に当てたり、乾燥状態にしたりすることがありますが、かえって枯らしてしまうこともあります。もちろん、コケの種類によっても菌類の影響は異なるかも知れません。
 苔神は菌類は全く分かりませんので、誰か、教えて下さる人がいれば、嬉しいです。
  By 苔神

022 ウマスギゴケと水

 ウマスギゴケ(Polytrichum commune)は日当たりが良く、水分が豊富に供給される場所に群生します。庭園でよく見るスギゴケの多くがウマスギゴケですが、毎年3~5㎝ほど成長し、その分、下部は枯れてやたら背が高くなって行きます。夏場の暑い盛りに、乾燥すると、葉を閉じ、茶色になってしまいます。こんな時、水をやると元気になるのですが、夏場の暑い日中に、コケに水をやってはいけない、という人がいます。高温状態で水をやると、蒸れてコケが死んでしまうというのです。

 苔神では、栽培しているコケには原則的に人工灌水はしません。できるだけ自然に近い環境で育てるようにしていますが、ウマスギゴケを育てる時、水分を十分に与えると、良く育ちます。そこで、夏場の暑い日中に水をやると、本当にコケは蒸れて死んでしまうのか、確認して見ました。
 
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  画像上:8月9日 午前8時半 気温32℃ 水温26℃
 
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  写真上:8月9日 午後2時 気温39℃ 水温38℃

 プラ鉢で栽培中のウマスギゴケを、プランターごとトレーに溜めた水に浸けました。2015年8月9日、午前8時半、気温は32℃、トレーに溜めた水は26℃です。午後2時、気温は39℃を越えています。トレーに溜めた水は38℃まで上昇しています。
 この日は38℃の水温でしたが、過去に、水温が40℃を越えたことがありましたが、栽培中のウマスギゴケに影響は見られませんでした。
 他のコケは分かりませんが、ウマスギゴケは夏場の暑い日中に水をやっても問題はありません。むしろ、どんどん水をやった方がウマスギゴケには良いようです。
  By 苔神

23 水中のコケ

 コケは乾燥に強い!でも、水をやらないと枯れてしまう!でも、水をやり過ぎても死んでしまう!
 こけ玉を育てているうちに、コケがだんだん黒くなって死んでしまうことがあります。水のやり過ぎが原因だと言われていますが、本当のところは分かりません。
 蘚苔類は水中から陸上へと進出した初期の植物だと考えられていますから、理論的には、水に強いのではないかと考えます。コケは茎や葉の細胞が、水分を直接吸収して光合成を行います。光合成には空気が必要ですが、コケには、普通の植物のように空気を取り込む気孔がありません。空気も、細胞が直接吸収していると考えられます。もちろん、吸収する水分には、空気が含まれているので、水と一緒に空気も取り込んでいるのではないかと考えます。
 では、コケは水中で生息することができるのではないか?
 この疑問に応えるために、試験してみました。
 2013年11月1日、ウマスギゴケ(Polytricum commune)を水中に固定しました。
 
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           画像上左:2013年11月1日   画像上右:2014年1月11日
 
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           画像上左:2014年11月7日   画像上右:2015年3月26日
 
 2か月後の2014年1月、水中のウマスギゴケに変化はありません。
 1年後の2014年11月、水中のウマスギゴケは徒長してはいますが、成長しています。全体的に水が緑色なのは、藻類によるものです。
 ウマスギゴケの他にハイゴケも試験してみましたが、1年間、成長し続けました。この試験から分かることは、コケは水分を大量に供給しても、簡単には死なない、ということです。乾燥にも強く、過湿にも強い、にもかかわらず、コケを育てる時、水のやり方が難しいと感じるのは、何故なのでしょうか?不思議でたまりません。
 水中でのコケの栽培に関して、鳥羽水族館のホームページの日記に、同じような試験が掲載されています。興味のある方はご覧になって下さい。
 By 苔神

024 オオスギゴケとウマスギゴケ

 オオスギゴケ(Polytrichum formosum Hedw.)とウマスギゴケ(Polytrichum commune Hedw.)の違いは?という問い合わせが寄せられます。典型的な環境に自生しているウマスギゴケの群落であれば、ほぼ見ただけでウマスギゴケと分かります。明るい全日照の水分の多い地勢です。また、春先から出る蒴を観察し、蒴の頸部が深くくびれていればウマスギゴケと見て間違いありません。これくらいならルーペがあれば観察できます。
 
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        上左:ウマスギゴケの群落           上右:深くくびれた蒴の頸部
 
 茎葉体の外観は、ほとんど差が見られません。経験を積むと葉の長さや葉の厚みなどで見分けられることがありますが、正確ではありません。
 
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        左上下:オオスギゴケ              右上下:ウマスギゴケ
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 オオスギゴケとウマスギゴケは顕微鏡で葉の断面を観察し、端細胞の形状と薄板の細胞数を見ます。端細胞は、オオスギゴケは球状ですが、ウマスギゴケはてっぺんが凹んでいます。細胞の数は、オオスギゴケは4~6細胞、ウマスギゴケは5~7細胞です。
 図鑑などではオオスギゴケは日陰の土上に、ウマスギゴケは明るい場所の粘土質の土上や湿原に、と説明されていますが、日陰のオオスギゴケと同じ場所にウマスギゴケが生息していることもあります。苔神が栽培しているケース内には、オオスギゴケとウマスギゴケが混生しているものもあります。生息環境だけでは、見分けはつけがたいですね。
 By 苔神

025 ウマスギゴケの育て方

 ウマスギゴケは日本庭園で無くてはならない苔ですが、ウマスギゴケの育て方について、誤った扱いをする造園家が多いようです。先日、テレビで苔を扱った番組が放送され、その中で、ある苔の専門家(?)が「スギゴケは排水性の良い土を好む」と発言していたようです。三条の佐藤康会員がそれが正しいのかと、苔神に問い合わせがありました。佐藤会員は今年からウマスギゴケの栽培を始めており、苔神の指導の下、排水性の悪い水田でウマスギゴケを育てているのです。
 
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             三条市のウマスギゴケ栽培圃場 水はけの悪い休耕田で

 結論から言えば、ウマスギゴケは水を好む生態を持っており、排水性の良い乾燥する場所では育ちにくいのです。日当たりの良い場所で、水分の豊富な環境でウマスギゴケは育ちます。このウマスギゴケの生態の特徴はフィールドワークで観察することができます。
 苔神では、ウマスギゴケの人工栽培試験を行っています。名付けて「湛水栽培」。苔神は水田を持っていませんから、水田のような環境を人工的に作って、ウマスギゴケの栽培試験をしているのです。木箱に小さな穴を一つ設け、排水性を極端に悪くした栽培ケースに播種して育ち方を観察しています。
 
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             2016年6月13日に播種 2016年12月29日に観察

 この試験では播種する苔の種に少し工夫をしていますが、6か月で茎高2㎝ほどにまで新芽が成長しています。育てている場所は苔神の裏の空き地で、陽当たり良好とは言えない場所です。もっと日当たりの良い場所なら、さらに良い結果が得られるのではないかと考えています。
 ウマスギゴケはたっぷりの光量と水分で育てることがコツです。これはウマスギゴケの生態的な特徴なのですが、オオスギゴケやコスギゴケなど、他のスギゴケではまた、異なった生態があり、全てが同じであるわけではありません。
 テレビ番組で専門家(?)がスギゴケについて発言した時、それが何スギゴケのことなのか、区別していたかどうか、それが問題なのです。特に、ウマスギゴケとオオスギゴケでは基本的な生態は異なっているのですが、ウマスギゴケとオオスギゴケを区別できる人はほとんどいないというのが、現状なのです。マスコミやインターネットの情報に惑わされないようご注意!                  by 苔神

026 ウマスギゴケの倒伏枯死防止法

 ウマスギゴケは枝分かれせずに、年3~5㎝ほど成長します。従って、庭園のウマスギゴケは4年以上経つと、10~15㎝ほどの茎高になります。伸びた茎の下部は次第に劣化して土壌化して行きます。そのため、ウマスギゴケは倒れやすくなります。本来、ウマスギゴケは毎年、土中の仮根部から新株が発生し、コロニーを保持する生態を有していますが、庭園のウマスギゴケの倒伏枯死現象は、この仮根が未発達であるために新株の発生が少なく、コロニーが倒伏し易くなるために起こるものです。

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           庭園のウマスギゴケの倒伏枯死現象

ウマスギゴケの倒伏枯死現象を防止する方法は、毎年伸び続けるウマスギゴケを刈り込んで茎高を調整します。おおよそ5~10㎝程度の茎高になるよう、ハサミやバリカンで刈り込みます。でも、庭園を管理する庭師の方は、なかなか怖がって刈り込みをしようとはしません。庭師の方が怖がるのには、それなりの理由があります。
 伸び過ぎた茎高を刈りこむ時、もし仮根が生育していない場合、刈り込んだ株は全面的に枯れてゆく上に、新株が発生しなければ、そのウマスギゴケは全滅してしまう恐れがあるからです。苔神がこれまでに調査した結果では、まず、庭園に移植されるウマスギゴケの苗に問題があること、そして全面的な枯死を恐れて茎高調整をしないこと、これが倒伏枯死現象を多発させていると考えます。
 そこで、苔神では仮根の育成を重視したウマスギゴケの栽培法を工夫し、さらに仮根を定着させる移植法を工夫しました。このやり方で庭園にウマスギゴケを移植すれば、茎高調整のための刈り込みをしても、全面的な枯死を発生させることなくコロニーを維持することができます。
 2016年6月に播種して育てたウマスギゴケの苗を、2018年2月27日に全面的に刈り込みしました。その後、約2か月後の5月3日には、新株が一斉に伸び出し、新しいコロニーを形成し始めました。ご覧下さい。(下記画像)
 
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           2018年2月27日 刈り込み前の栽培苗
 
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           2018年2月27日 全面的に刈り込みした苗
 
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           2018年5月3日 新株が発生してきた苗

 ウマスギゴケの古い株を刈り取った後、新しい株が発生することは、これまでのフィールドワークで多数観察して来ました。自然界ではこうした再生作用が働いて、コロニーの維持を図っていますが、それを人工的に再現することはなかなか難しいものです。
 これからの庭園でのウマスギゴケの移植や管理については、十分に仮根が育った苗を使用すること、仮根を定着させる移植法を用いること、茎高管理の刈り込みを行うことを、苔神は提案します。                             by苔神

027 京都 泉涌寺妙応殿 仙山庭

 5月14日、京都市東山区の泉涌寺妙応殿の仙山庭でウマスギゴケの修繕を行いました。
 この庭園は重森三玲の作庭と言われ、石と苔と砂の独特な景観をもっています。近年、そのウマスギゴケが衰退して、見るに堪えない、ということから、苔の修繕工事を実施しました。
 
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  施工前の苔の衰退状況
 
 4月28日に事前調査を行い、苔がウマスギゴケであること、基盤の土が排水性の高い山砂であること、光量は十分にあること、潅水量が少ないこと、ウマスギゴケは野筋の天頂部の部分の傷みが激しいこと、一部、地衣類が侵入して繁殖していること、などを把握しました。
 
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  傷んだ部分を除去して苗を移植
 
 修繕面積は約7平方メートル、㈱嵐北商事で栽培されたウマスギゴケの苗を50ケース使用しました。施工は苔神の指導の下で、松寿園の重泉保会員(画像参照)が行いました。
 ウマスギゴケの庭園での育成で重要なのは、仮根です。ウマスギゴケは土中の仮根から、毎年、新株を発生させます。この新株が発生することで、世代交代とコロニー形成が自然に行われるようになります。従って、ウマスギゴケを移植する時には、まず、十分に育成された仮根を持つ苗を選びます。㈱嵐北商事は土田一義会員の指導の下で3年前からウマスギゴケの栽培を始めて、今年から、出荷できるようになりました。
 また、移植作業で注意しなければならないのは、庭園の基盤土の保水性と排水性がウマスギゴケの育成に合っていなければなりません。泉涌寺の現場は排水性が高く、特に野筋の天頂部は保水性が極端に低くなっていることから、基盤土の保水性を高める改良を行いました。
 
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  施工完了の仙山庭
 
 施工は、午前8時から開始して、午後4時には終了。移植したウマスギゴケの管理として、しばらくの間はたっぷりと潅水して乾燥を防止すること、ウマスギゴケの茎高が15㎝ほどの高さになったら、倒伏防止のため刈り込みを行い、茎高を制御すること、などをアドバイスして来ました。
 しっかりと管理すれば、ウマスギゴケは定着し、繁殖してくれます。
                                  by 苔神

028 ウマスギゴケを育てる

 ウマスギゴケは一年で3~5センチほど成長し、移植から3年ほど経つと株高が15㎝ほどにもなり、倒伏現象を起こすようになります。ウマスギゴケの茎葉体が倒伏すると、コロニーが崩壊して過乾燥を招き、枯死に至ります。これはウマスギゴケの生態ともいえる現象です。
 
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 2020年8月 新潟市江南区 松島邸の倒伏枯死現象
 
 この倒伏枯死現象を防止する技術は、今のところ、茎高管理しかありません。数年に一度、コロニーの刈り込みを行い、茎高を5センチほどに管理することです。ただし、コロニーを刈り込むと、その茎葉体は枯死しますので、刈り込みの条件を理解して実施しなければなりません。刈り込みの条件は幾つかありますが、重要なのは、ウマスギゴケのコロニーの仮根が、基盤土中にしっかりと繁殖していることです。
 ウマスギゴケの仮根が繁殖しているかどうか、これを見極めるのはかなり難しい技術です。少なくとも、種を播種して発芽を促し、その後、茎葉体の成長と共に仮根が生育して十分に繁殖するようになるまで、最低2年ほどかかります。ウマスギゴケのコロニーの一部を基盤土ごと採取して、丁寧に水洗いしてやることで、仮根の成長具合を観察することができますが、簡単な作業ではありません。
 ウマスギゴケは、毎年、仮根部から新芽を発生するという生態を持っています。この仮根の繁殖は、新芽の発生株数に比例しています。苔神のこれまでの観察から、新芽の発生株数が、単位面積(10×10㎝)あたり200株~300株/年ほどになると、仮根が十分に繁殖していると判断することができます。
 
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 左:ウマスギゴケの仮根束を観察       右:仮根から新芽の発生を観察
 
 ウマスギゴケの仮根が十分に繫殖していれば、倒伏を防止するために伸びた茎葉体を刈り込んだ後、新たな新株が発生し、コロニーを復元してくれます。これが茎高管理で刈り込みを行う時の重要な条件なのです。ウマスギゴケの刈り込みとコロニーの再生については、№026「ウマスギゴケの倒伏枯死防止法」でも取り上げました。
 
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 左:2020年3月 刈り込み前      右:刈り込み後
 
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 左:2020年5月23日         右:2020年7月26日 コロニー再生
 
 庭園の基盤土中に仮根を十分に繁殖させることは、ウマスギゴケの育成にとっては欠くことのできない重要な生態なのですが、人工的に作られた庭園では、ウマスギゴケの仮根はほとんど育てられていません。何故なのでしょうか?その理由の一番に挙げられるのは、ウマスギゴケの仮根が何なのか、ほとんどの人が知らないことです。
 ウマスギゴケを庭園に移植する造園家の仕事を見ていると、まず、仮根が切除された苗を使用しています。本来、仮根を庭園に移植して、そこから発生する新芽を育てることで、ウマスギゴケのコロニーを育成し、さらに、庭園の基盤土中に仮根層を育成しなければならないのに、仮根が切除された苗を移植するとは、まるで切り花を庭に植えこんでやるような仕事していることになります。切り花と言っても、ウマスギゴケの茎葉体はそのまま数年間は育ちますので、それくらい持てば、造園家の仕事は十分であると考える方もいるようですが、これでは庭園のウマスギゴケを育てたことにはならないのです。
                               by 苔神